Archive for 1月, 2010

「明治」という国家

by 七色カラス on 1月.28, 2010, under 司馬遼太郎, 歴史、時代小説

「明治」という国家
司馬遼太郎 著、日本放送出版協会

NHKスペシャル 司馬遼太郎トークドキュメント『太郎の国の物語』(1989年放送) を改題し書籍化したもの(らしい)

とても読みやすく、わかりやすかった。

表紙を開けて、30ページ近くもあるかと思われる写真や図版入りの口絵にざっと目を通しただけで、司馬遼太郎氏が描こうとしていた幕末、明治維新、明治国家への流れが見えたかのような気になってしまうほど。

それまでバラバラな点だった人物や出来事が、一本の線になったような感覚。

なにしろ、この本を手に取る以前の私の頭の中は、 菜の花の沖』を読んで 、江戸後期におけるロシアの脅威を知り、大河ドラマ『篤姫』の幕末と明治維新、大河ドラマ『龍馬伝』の幕末、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の明治国家、の人物や出来事が、私の頭の中でバラバラにぶつかりあっていたのだから。 そのバラバラな点が一本の線でつながったような感覚だ。

明治時代は、1868年から1912年までの44年間 だけれども、この本では、明治10年ごろまでの明治の草創期(あるいは明治22年の明治憲法発布までとも捉えられる)を中心として描き、今日まで続く近代日本の基礎として語れている。

司馬遼太郎氏の言葉をそのまま引用すると:

私がこれからお話しすることは、明治の風俗ではなく、明治の政治のこまかいことではなく、明治の文学でもなく、つまりそういう専門的な、あるいは各論といったようなことではないんです。「明治国家」のシンというべきものです。

とある。
また、別の項では、

私は、明治国家というもの一個の立体物のような、この机の上に置いてたれでもわかるように話したいのです。はじめて出会った外国の人に説明しているような気持で話そうと思っています。

とも書かれている。

まさにそのとおりで、明治時代すべての事柄が書かれているわけではなく、明治の草創期を中心として、明治国家の成り立ちとその道のりを、江戸時代からの遺産も含めて説明している。

面白かったのは、明治維新を成し遂げた新政府に新国家の”青写真”がなかったという章。 明治元年から明治4年ごろまでの話として、
どうゆう政治のポストを設け、役所はどうして、軍はどうして、というのがわからなかった。 わからないからしょうがないといって、明治4年秋、岩倉具視使節団が、欧米を見学に行く。 というあたり。

そして、その新国家の”青写真”を持っていたのは、坂本龍馬だけではなかったかと問いかける。

それから、自分自身、受験勉強の丸暗記というのは無知だなと実感したのは、明治4年の廃藩置県の話。

藩が県に変わるという名称の問題だけではなく、藩がなくなれば藩主(殿様)をも必要としなくなり、それにつかえる藩士・武士(侍)も、一夜にして失業するという劇薬。 その廃藩置県で、武士を失業した侍が、別の職業を生業(なりわい)としながら困窮を乗り越えようという姿が、『坂の上の雲』の冒頭でも描かれた世界を解説されている。

明治維新以前、他のどの国とも違う、孤立した独自の国家であった日本が、明治維新以来の約20年で憲法を発布し、国会を開設した。 その道半ばで、明治10年、11年にかけて、西郷隆盛大久保利通木戸孝允(桂小五郎)という人物を失いながら、明治国家を作り上げていくことが、いかに苦しい道のりであったかということが鮮明に理解できた気がした。

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かくして冥王星は降格された

by 七色カラス on 1月.14, 2010, under 自然科学

かくして冥王星は降格された
太陽系第9番惑星をめぐる大論争のすべて
ニール・ドグラース・タイソン 著、吉田三知世 訳、 早川書房

2006年8月24日、国際天文学連合(IAU)総会での最終投票の結果、冥王星は準惑星へと降格された。 このニュースを知ったとき、私自身、とんでもなくびっくりした記憶がある。

「水、金、地、火、木、土・天(どってん)、海、」 と口ずさんで覚えた惑星の座から、冥王星がいなくなってしまう。

この決定が国際天文学連合(IAU)でなされたのは、2006年だが、水面下では様々なそれ以前から議論がされていたようである。 その渦中の人物であった著者が、当時の騒ぎの発端から、いきさつ、経緯などを、当時の新聞記事や電子メールでの議論、アメリカ中の小学生からの手紙などを交えながら振り返ってゆく。

著者のタイソン氏は、この議論が一般(すくなくともアメリカ)の人々に注目され始めた当時、ニューヨークにある自然史博物館の天文部門・ヘイデンプラネタリウムの館長として、ローズ地球宇宙センターの展示をリニューアルすべくスタッフと議論を重ね、2000年のリニューアルオープンにこぎつけた。 この展示内容は慎重に議論を重ねて、太陽系に関する展示も、通常よく見られるような、太陽系の惑星を、水星、金星、地球と順番にならべた展示ではなかった。密度が高く、岩石を主成分とする地球型惑星、非常に大きくガスを主成分とする木星型惑星、そして、件の冥王星が含まれるカイパー・ベルト天体(海王星よりも外側の軌道で、氷を主成分とする天体)など、従来の惑星の展示方法とは異なったものだった。

このリニューアル展示から1年近く経った2001年1月22日、『冥王星が惑星じゃない? そんなのニューヨークだけだ』 という見出しがNew York Times の紙面を飾った。

ローズ地球宇宙センターの展示は、「冥王星を降格した」展示では決してなかったのだが、この記事をきっかけに、著者のタイソン氏は、「冥王星を惑星から除外しようとしている張本人」とも言えるべき悪者にされてしまい、前述の新聞記事や、電子メール、全米各地の小学生からのメール、インターネットのニュースグループなどなどで、果てしない議論の嵐に巻き込まれれゆく。

それにしても、アメリカというのは、自由で活発な議論の出来るお国柄だなと改めて思う。 著者のタイソン氏のご苦労は、想像を絶するものだったと思うが、引用されている様々な議論を読むと、ユーモアあり、子供たちの純粋な心の叫びあり、もちろん科学的な討論もあり、なんだかうらやましくも思えてくる。

そのような騒動と平行して、国際天文学連合(IAU)をはじめとする科学的議論(科学的ではないという反論もある)も進んでいって、2006年の冥王星を準惑星に降格という投票結果に至るのだが、この間の科学的議論についても余すところなく記述されていて、ある立場に立てば、「そういうことだったのか」と納得できる。

また、冥王星以外の太陽系の天体の発見に至る経緯なども記述されているので、例えば、火星と木星の間にある小惑星帯で、今で言う小惑星が次々と発見されたとき、一度はそれらが惑星として分類されていたことや、実は、「惑星とは何ぞや」という定義が2006年の決議まで存在しなかったことなど、「えっ」と驚く事実もあった。

あと、日本では、「水、金、地、火、木、土・天(どってん)、海、」と覚えるが、アメリカ英語では、例えば、My Very Educated Mother Served Us Nine Pizzas (一例) と語呂合わせをして覚えるといったこととか、冥王星(Pluto)発見前、1920年代のアメリカでは、Pluto と言えば、「30分から2時間で、便秘を解消。プルート・ウォーター」という温泉から瓶詰めにしたミネラル・ウォーターの下剤のことだったとか、冥王星降格議論を皮肉った新聞記事のユーモアあふれる見出しなど、面白い逸話がたくさん出てくる。

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聞き屋 与平 江戸夜咄草

by 七色カラス on 1月.08, 2010, under 歴史、時代小説

聞き屋 与平
江戸 夜咄草(えど よばなし ぐさ)
宇江佐 真理 著、 集英社

夜な夜な「お話、聞きます」と掲げた机を辻に出し、客の話を聞く男。 聞き屋 与平。 辻占(占い師)と間違われることもあるという。 料金は、客の志でかまわない。都合が悪ければタダでもいい。

ただ客の話を聞くだけ。 そんな不思議な商売、聞き屋。 舞台は、江戸の両国広小路界隈。

何気なく手に取ったこの小説が、面白い! 読みやすい! 一気に読んでしまった! はまってしまった。

NHKの土曜時代劇あたりでシリーズ化してくれないか というような感じ。

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日本はなぜ貧しい人が多いのか

by 七色カラス on 1月.05, 2010, under 政治・経済・経営

日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学
原田 泰 著、 新潮選書

  • 日本の地方にはなぜ豪邸街がないのか
  • 給食費を払わないほど日本人のモラルは低下しているのか
  • 若年失業は構造問題なのか
  • 「均等法格差」は拡大したのか
  • 地域間の所得格差は拡大したのか
  • 世界に開かれることは厄介なのか
  • なぜ中国は急速な成長ができるのか
  • 企業の利益は、なぜ2007年まで復活していたのか
  • 「大停滞」の犯人はみつかったのか

などなど、章見出し、項見出しをあえて区別せずに、興味深い項目を列挙した。 これらの各項目について、様々なデータと、データの分析方法を変えてみて、違う視点で「果たして本当にそうだろうか?」と見直してみる。

必ずしも答えが出ている項目ばかりではないけれども、いろいろな統計指標というものは、用途に応じて、元になるデータ、分析方法、分析の対象とする期間などを変えてみる必要があることがよくわかる。

たとえば、若年層の失業率というもの、時系列にみてみると、いつの時代でも、若年以外の全体の失業率に比例しているのである。 だから、今、若者の失業率が高いというのは、各世代全体に失業率が高い(要するに不景気)ことでほぼ説明がついてしまうという。若者の就業に対する考え方が急に変わったわけではないのである。

痛快でもある。

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菜の花の沖

by 七色カラス on 1月.03, 2010, under 司馬遼太郎, 歴史、時代小説

菜の花の沖
2000年 文春文庫 (昭和62年に刊行された文庫の新装版)

一人のいじめられっ子の少年が村を抜け出していく、幼いころの名をキッキャ(菊弥)、後の名は、高田屋 嘉兵衛。 裸一貫から、蝦夷地(現在の北海道)、函館(箱館)を基地として、クナシリ島、エトロフ島までへも船を出し、廻船業、水産物問屋業、漁場経営を成功させる江戸時代後期の物語。
NHK でも同名の『菜の花の沖』としてドラマ化されている。

高田屋 嘉兵衛の成功にとって、嘉兵衛の兄弟達の功績、駆け出しの嘉兵衛を預かってくれたサトニラさんこと境屋喜兵衛の息子達の功績も大きかったのではないだろうか。

特に、優れた船頭でもあり商売に長けた弟・金兵衛の存在、商いの面をこの弟に任せることが出来たからこそ、嘉兵衛が冒険者として動き回れた。
同じような関係として、豊臣秀吉と豊臣秀長の関係を思い出した。

この物語の中で、嘉兵衛がただの商人ではない、冒険者としての一面を見せるときの描写にわくわくした。
黄金の日日や、椿と花水木を読んでいるとき同じようなワクワクした気持ちになった。私自身が、どうも、広大な海を渡り、見知らぬ土地へ旅をして、未知の物事に触れるというタイプの物語が好きなようだ。

この物語の中で、もう一人の凄い人、憧れる人とでも言うべき人を知った。
御影屋 松右衛門。  松右衛門帆(後のズックに匹敵)、鋤簾(海底の砂をとる「じょれん」)、石を海中に吊り下げて運ぶ船などの発明者だという。また、材木を海路運ぶときに、貨物である材木そのもので筏(いかだ)をつくり、それに乗って行けばよいではないかという発想を実際にやってのけた人物であるという。この人の言葉として、
人として天下の益ならん事を計らず、碌々として一生を過ごさんは禽獣にもおとるべし
社会の役に立つことこそ大事と言うあたり、現代の起業・創業セミナーなどでも言われていることに通じる。

高田屋嘉兵衛の成功が最も輝いていたとき、運悪く、ロシア船の捕虜となってしまう。 捕虜の身であり、なおかつ一介の商人でしかない高田屋嘉兵衛が、初めての日露外交交渉に臨むことになる。 カムチャツカという異国にありながら、異国の人々ととの間に芽生える友情と信頼。

小説の中では、江戸時代後期の日本の鎖国の考え方や、世界の中におけるロシア事情が詳しく書かれている。 当時の江戸幕府が、蝦夷地へロシアが南下してくるのではないかという危機感を持ちつつ、鎖国体制の中で国際的思考からはるかに遅れてしまっている実情。 このあたり司馬遼太郎氏の記述を読んでいると、およそ100年後を舞台にした同氏の小説『坂の上の雲』につながる日本の国情が見えてくるような気がした。

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